前巻のあらすじ 第三十一〜四十巻


 第三十一巻
第31巻裏表紙  曹操軍は洪水で下邳を水没させた。
呂布は寿春の袁術に救援を請うべく、娘を背負い包囲の突破を試みた。
しかし曹操軍の攻囲に遭い、不幸にも娘がその犠牲となった。
激怒した呂布は画戟を手に、赤兎にまたがり、夏侯惇、夏侯淵、徐晃、許褚、韓浩ら五人の将と
互角に渡り合った。
それは戦神の最後の輝きであった。

 同じ頃、陥陣営を率いる高順が曹操の本陣に夜襲をかけていた。
しかしそれは賈詡に看破されており、陥陣営は全滅してしまう。
高順はたった一人で決死の突撃をするが、曹操は于禁と兵士らの徹底した警護の下にあり、
かすり傷すら負わせるのは困難に見えた。
その時、傷だらけの呂布が陣内に乱入、張飛と数合闘うも、結果的に作戦は失敗に終わった。

 下邳が包囲され数ヶ月が過ぎた。
兵糧は尽き、兵士は逃亡し、更に将軍らは重傷を負っている。
事ここに至り、呂布はすでに死出の道に足を踏み入れていた……。



 第三十二巻
第32巻裏表紙  大勢はほぼ決し、呂布は配下と家族を捨て、袁紹の下に身を寄せるつもりでいた。
しかし裏切った魏続が傭兵を率いて下邳に入城し、その計画は潰えた。
虎豹騎を率いる曹操の族弟、曹純の向かうところ敵は無く、瞬く間に酩酊した呂布を生け捕りにした。
高順は主の救出を一心に、自らの身も顧みず奮戦するが、曹純の槍にかかり落命した。
陳宮と張遼も不運からは逃れられず、共に虜となり、下邳は曹操軍の手に落ちた。

 人々が戦の終息を感じた頃、白門楼上に潜伏した小孟は、毒矢で曹操を暗殺する機を伺っていた。
その結果、仇討のためならいかなる犠牲も厭わぬ、かの残兵は、計り知れない代価を払うことに……。



 第三十三巻
第33巻裏表紙  曹操の暗殺に失敗した小孟は、計り知れない代価を払うことになった。
彼は宦官であることを衆目の面前で晒され、凌辱の限りを受けた。
そして司馬懿は彼の死と引き換えに曹操の信頼を得た。

 曹操は投降を受け入れなかった呂布の配下たちを処刑していった。
義に殉じた陳宮の姿に、人々は尊敬の念を禁じえなかった。
死に臨んだ張遼は、劉備の説得により曹操の配下に加わった。
臥薪嘗胆の理の下、恥を晒してでも生き延びようとする呂布の姿に、人々は大いに失望した。
ところが曹操は呂布の考えをすべて見抜いており、即刻彼の処刑を下した。
一代の戦神が白門楼の下で死を迎え、徐州の戦いも幕を降ろすこととなった。

 兵の死骸が打ち捨てられた丘で、司馬懿は全力で小孟の遺体を捜索していたが、そこで
燎原火と無言の対面を果たした。
小孟の死は二人の間に大きな溝を作ることになった。
別れ際、燎原火は司馬懿にこう宣誓した。
劉備を司馬懿が成り上がるための踏み台に仕立て上げることで、司馬家の仇に報いると。



 第三十四巻
第34巻裏表紙  太平道の捲土重来により、敗将の首領・劉大の弟子である孫権が、兄の孫策の一助となるべく
世に出ることとなった。

 その頃、孫策軍は会稽に兵を進め、賊の頭目の厳白虎と対峙、両軍は雨の中開戦した。
孫策の下には猛将は雲の如し、更には用兵の天才・周瑜もいる。
孫策軍はたちどころに厳白虎軍を大敗させた。
大軍の到来に王朗は慌てふためき、孫権の城内からの呼応もあり、孫策はあっさりと会稽を奪取した。

 その後、仙人を自称する太平道の大物・于吉が会稽城内に出現、万人が彼に傾倒した。
孫策はその機に乗じて、于吉を利用するべく味方に取り込んだ。
彼の信徒を仇である劉表に当たらせるために。



 第三十五巻
第35巻特装版裏表紙  戦神呂布の死後、各軍閥は勢力の拡大を続けていた。
孫策は自ら軍を率いて江夏の黄祖を攻め、曹操は袁術討伐のため一万の精兵を与えた劉備を派し、
袁紹は長男の袁譚を青州経由で袁術の増援として遣わした。

 各勢力が一触即発となる中、趙雲は猶も下邳の万人塚に留まり、小孟の遺骨を探していた。
その一方で、曹操軍に加入して間もない張遼が、軍令違反を承知の上で乱葬崗にて仲間たちの
屍骸を探していた。
二人はそれぞれが袁譚の大軍と遭遇し、兵馬に塚の屍骸が踏み荒らされるのを阻止すべく、
千軍万馬を相手に大立ち回りを始めた。

 時を同じくして袁紹と曹操が名実共に開戦し、二人の奇人が戦場で相対していた。
袁方は荀ケを殺すべく、何のためらいもなく矢を斉射した。
ここに八奇も名実共に決裂したのである。



 第三十六巻
第36巻裏表紙  仲家帝袁術は徐州へ親征した。しかし劉備軍に完膚なきまで叩きのめされ、根拠地を奪われた。
その結果、廃屋へ逃げ込む以外に道は残されていなかった。
 時を同じくして、従軍し南下していた司馬懿は、袁紹に帝位を譲るよう袁術を唆し、その後
残兵を使い彼を毒殺した。
しかし任務が完了した直後、袁方の差し向けた刺客が現れた。

 一方、孫策と太史慈は帰順して間もない太平道の新兵を率い、黄祖の根拠地・沙羨を攻めていた。
その目的は父の仇討ちだけでなく、太平道の力を削ぐことにあった。
しかし二人が関を攻めているとき、黄忠と甘寧が現れた。
黄忠は太史慈の猛攻をいとも容易く防ぎ、甘寧も孫策と一進一退の攻防を繰り広げていた。
劣性であるかに見える孫策だが、何か次の手があるのだろうか?



 第三十七巻
第37巻裏表紙  小覇王は兵を率いて沙羨を攻め、周瑜は水上から挟撃した。
黄祖軍は大敗し撤退、孫策は勝ちに乗じてこれを追撃、江夏を容易く手に入れた。

 袁・曹双方は官渡にて一触即発の状態にあった。
袁方は衣帯の詔を受けた者たちの名簿を曹操に送り、董承ら一党を誅殺するよう仕向け、同時に
名簿に名を連ねる劉備と馬騰に蜂起させた。
この一手は官渡で対応に追われる曹操を更に混乱させただけでなく、彼の悪名を浮き彫りにした。

 曹操は内乱を迅速に平定すべく、劉備討伐に最強部隊・虎豹騎を惜しまず投入した。
郭嘉の再来に対し、徐州の劉備はどう応じるのか?



 第三十八巻
第38巻裏表紙  曹操より命を受け徐州を攻略する郭嘉。
張飛と趙雲は虎豹騎に苦戦を強いられ、劉備は小沛から逃亡し、袁紹の下に身を寄せた。
関羽は劉備の家族を守るため、投降を余儀なくされた。

 孫策は黄祖を打ち敗り、劉勲の根拠地である廬江をとったが、その真の目的はなんと混乱に
乗じて曹操を奇襲することだった。
六奇・龐統の助けを得た孫策は、この願いを成就できるのだろうか?

 同じころ、八怪・于吉が孫策暗殺の手はずを整えていた。
孫策はこの難局を乗り切ることができるのだろうか?



 第三十九巻
第39巻裏表紙  孫策は影武者を使い于吉の暗殺計画を切り抜け、ただちに兵を率い曹操の領土・寿春を奇襲した。
そこで偶然にも人心を慰撫すべく南下していた曹操と遭遇、彼を死地に送るべく追撃した。
夏侯惇、張遼、徐晃らが主を護るため奮戦するも、孫策の勢いを止めることはできなかった。
 危機一髪のまさにそのとき、関羽が現れ曹操は命を拾うことができた。
曹操の非難と関羽の威光の前には孫策も為す術なく、撤退するより他なかった。

 天意は人を弄ぶ。
大望ある孫策といえど、此度の出兵の後、再び中原に鹿を逐うことは叶わなかった。
彼が狩猟する機をうかがい、伏していた刺客の矢が彼の顔面を貫いたのだ。
彼の命は今まさに尽きようとしている。



 第四十巻
第40巻裏表紙  郭嘉は劉備の長男を暗殺した。
関羽の面子を潰し、自責の念に駆られた彼が劉備の下へ戻れなくするために。
関羽が曹操陣営に留まっている頃、劉備は白馬へ出兵する顔良に付き従っていた。
大軍が押し寄せ、郭嘉は三千の歩兵で二万の騎兵と対峙し、顔良は曹軍の将を立て続けに斬った。
彼らの対峙は長く続いたが、最後に関羽が出陣し顔良を斬ったことで、白馬の攻囲は即座に
解かれた。

 一方で孫策は于吉の部下の奇襲に遭い、顔に毒矢を受け失明、その命は尽きようとしていた。
周瑜は孫策を救うべく何度も于吉の下を訪ねたが手ごたえは無かった。
孫策は百日間苦しみぬいた末に死亡した。享年二十六。
彼の死後、若干十九歳の孫権が兄の跡を継ぎ、周瑜と張昭の補佐の下、江東を統治することと
なった。



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