火鳳燎原』第三十二巻

 各話の副題
 主な登場人物

   ここには各話の全訳を載せます。
  可能な限り原文に忠実に訳しますが、直訳だと不自然な箇所やわかりづらい箇所、
  言い回しがくどい箇所は意訳します。
   人物間の呼称は、基本的に原文のものをそのまま用います。
  しかし同僚同士で呼び合う場合に"〜殿"、主に対して"〜様"など、翻訳者の裁量で手を加えます。

   翻訳の間違いに気づかれた方は是非ともご一報ください。

  ここには、補足的な解説や私見を載せます。

[ 257 / 258 / 259 / 260 / 261 / 262 / 263 ]

第二百五十七回 白門樓下
小孟、曹操、夏侯惇、曹洪、司馬朗、老賈、賈逵、華佗
曹軍将校1「主公の暗殺を企てた者がいる!」
       「各部隊、すべての家屋を捜索せよ!」
曹軍将校2「急げ!出動だ!」

曹軍将校3「隅々まで調べろ!レンガ一つ、瓦一枚たりとも見落とすなよ!」
曹軍将校4「兵をもっと増やして、立入禁止区域を拡げろ!」

 兵士たちでごった返す中に、司馬朗と老賈の姿があった。

老賈「大公子、こちらです」
司馬朗「老賈、状況はどうなってる?」
医者「どいた!どいた!」
老賈「大公子、あちらをご覧下され」

 華佗の治療を受ける曹操。

司馬朗「曹操、生きていたのか」
     「流石は華佗といったところか」
曹軍将校5「刺客はまだ生きているぞ!」

 それを聞いて駆け出す司馬朗。

老賈「公子、落ち着きなされ!」
曹軍将校6「下がれ!下がれ!」
曹軍将校7「人が多すぎるぞ!あんまり押すんじゃない!」

 小孟の弓を掲げた将校が叫ぶ。

曹軍将校5「刺客は宦官だ!」

曹軍兵士1「聞いたか?か…宦官だと!」
曹軍兵士2「生き残りがいたのか?」
司馬朗(小孟…)
     「老賈、小孟の事は大勢の人間に知られている。彼が生きていたら我らの立場が危うくなる!」
     「すぐ仲達に知らせて、一刻も早く徐州から離れるぞ!」
老賈「なりませぬ」

   「ここで退けば、二公子の計画が水の泡ですぞ」
曹軍将校8「ゴホン!」
       「青州の兄弟たちよ!聞いたか!」
       「かの刺客が何者か聞いたか!」

       「聞いたはずだ!お前たちは皆忘れてしまったのか!?」
       「家族が餓死したことを覚えているか!?」
       「我らを追い詰め黄巾賊に走らせたのが誰か覚えているか!?」
       「暮らしが良くなって、苦難の日々を忘れてしまったのか!?」
       「国家をこのような状況に陥れたのは誰だ!?これらすべて誰のせいだ!?」

 一人の兵士が進み出て叫んだ。

曹軍兵士3「あのときの誓いは一字一句たりとも忘れん!」

       「忘れるものかよ!」
       「宦官を滅ぼす!死んでも忘れんぞ!」
曹軍兵士4「そうだ!十常侍一党を根絶やしにする!この誓いは絶対に忘れねえ!」
兵士たち「宦官を滅ぼせ!」
      「宦官を殺せ!」

      「宦官を殺せ!」
      「宦官を殺せ!」
      「一人も生かしておくな!」
司馬朗(扇動された!?)
兵士たち「宦官は全員悪党だ!」
司馬朗「!」

 扇動者の側に現れた男を見て、何かに気づく司馬朗。

老賈「小孟は救えませぬ」
   「たとえ生き延びても苦しみが増すだけ」
   「二公子の計画は手段を選んではならんのです。ゆめゆめお忘れなきよう」

   「大公子、お分かりですかな?」

 曹操の下に詰め寄せる兵士たち。

兵士たち「主公!あの宦官を殺すお許しを下さい!」
      「主公!奴らをこの世にのさばらせてはなりませんぞ!」
      「主公!我らにご命令を!」
夏侯惇?「まずいな。青州兵が扇動されたか」
曹操「おまえたちはわしが何故止めなかったか怪しんでおるのだろう」

   「考えなかったわけではないが恐いのだ」
   「それも我ら曹家の出自が原因よ」
   「曹家はもともと宦官の出。それにわしの祖父は朝廷で権勢を振るった宦官曹騰」
   「我らが天下を取るには、宦官との問題をいくつも乗り越えねばならん」
   「中でもわしが最も恐れるのは、我らと青州兵を離間する者が現れることだ」

   「青州兵があれを殺せば、事態はますます悪化するかもしれん」
   「あの宦官はこの問題の解決に利用する」
夏侯惇「行け」
伝令「主公より命令だ!かの者の血を以って死んでいった者たちへの弔いとする!」
曹軍兵士5「よっしゃあ!行くぞおめーら!」
兵士たち「行けー!」

華佗「曹大人、あの刺客は十常侍の一派ではなく…」
曹操「残兵の小孟」
   「司馬家の刺客だ。違うか?」
華佗「曹大人、すでにご存知でしたか」
曹操「うむ、周到に用心したにもかかわらず、手抜かりがあったのが残念だが」
   「お主はわしが司馬家を咎めないことが疑問なのだろう?」

   「なぜなら奴らはすでにあの者と手を切っていたからな」
   「そして」
   「わしに暗殺に注意するよう喚起していた者こそ……」

   「司馬懿だからな」

 大勢の兵に囲まれ目を覚ます小孟。

小孟(私は…まだ生きてるのか…)
   (天よ、あなたはまだ私を弄ぶのか)
   「!」

   (賈逵!)
   (臭蟲が来ていたのか!)
   (あの破壊に精通した臭蟲が!)
   (彼がここにいる……)
   (ということは…ということは…)

   (公子は復讐を忘れてなんかいなかった!)
   (公子は気概を失ってなかった!)
   (ああ!私は一体何をやってるんだ?)
   (こんな浅はかな事をするなんて)

   (もう少しで大事を損ねるところだった!)
   (私は大馬鹿者だ!)
   (天下一の大馬鹿者だ!)

 曹操の前に引き出される小孟。

小孟(公子、小孟は死んでも償いきれません)
   (すいません!すいません!)
   (公子、今までお世話になりました)

 剣を振り下ろす曹操。
 小孟の断末魔が城内に響き渡る。
 耳をふさぎ泣きながら堪える司馬朗。
 兵士たちが小孟に殺到する。


小孟(火兄、私はもう行くけど気にしないで)
   (公子を責めちゃいけないよ)
   (忘れないで。日は陰り、月は欠けるということを)

 忘れないとも……

  賈逵のあだ名の"臭蟲"の意味がよくわかりません。
7巻での使われ方とは微妙にニュアンスが異なりそうですし。
意味的には「悪どい事ばかり思いつく奴」という感じなんでしょうか?


 そして最後の「還記得……」。
ここは燎原火の台詞と見立てて訳しています。
違ってたらスマソ。


[ 257 / 258 / 259 / 260 / 261 / 262 / 263 ]

第二百五十八回 忠孝兩存
陳宮、曹操、夏侯惇、曹洪、郭嘉、賈詡
 曰く、忠孝の両存は難し。
 人生はこの種の矛盾ばかりだ。

 呂布軍の将兵らが列を成して刑場へ連行されている。
 道の脇には大勢の見物人がいる。


呂軍将校「死んでも降らぬ!」
      「死んでも降らぬぞ!」

 うつむく元呂布配下の者たち。

呂軍将校「貴様ら…!」
      「貴様らは己の主が誰か忘れたのか!?」
      「主公の姓を言ってみろ!名を言ってみろ!」
      「貴様ら…貴様ら全員ろくな死に方をせんぞ!」
      「貴様らには葬られる地すら無いと思え!」
      「子孫も絶えるだろう!」
      「子孫も…」
      「絶え…」

 群衆の中に彼の母と妻がいた。

呂軍将校「そなたら…」
      「母上!家にお戻りください!ここにいてはなりませぬ!」
      「お戻りください!どうか私の言う事を聞いてくだされ!」
      「妻よ!母上をお連れしろ!この寒さではお体に障る!」

      「必ずお連れするのだぞ!」

 泣き崩れる母と妻。
 その姿を見て陳宮は思う。


陳宮(忠とは何なのだ?)
   (孝とは何なのだ?)

 陳宮は白門楼を見て再度思う。

陳宮(前王朝の荒唐無稽さを見よ)
   (忠とは何なのだ?)

 白門楼の前では着々と処刑が行われている。

処刑人1「やれ」
処刑人2「はっ」
陳宮(人の子らが一人、また一人と消えていくのを見よ)
   (孝とは何なのだ?)
   (まさに死なんとしているのに、私はまだ何か気がかりなのか?)

 陳宮を夏侯惇と曹洪が出迎えた。

夏侯惇「陳宮先生、お待ちしておりましたぞ」
     「さあ先生の縄をお解きしろ」
陳宮「それには及びませぬ」
   「私は時間を無駄にするのが嫌いでしてな」

   「我が忠誠は呂布様にあり。これはたとえ死のうとも変わりませぬ」
夏侯惇「まさか先生は我が主が呂布に及ばぬとでも?」
陳宮「及ばぬのではなく、どちらも御しがたいということですよ」(翻訳協力 台湾人様)
   「お二方のご期待に沿えず申し訳ない」

呂軍将校ら「陳大人!」
陳宮「我らが無能だったばかりに、皆には迷惑をかけた。そなたらに責は無い」
   「生死の瀬戸際で最も重要なのは、己にとって何が大切か見極めること」
   「忠誠などに囚われずともよい。
    そんなものは文人が皆に命を差し出させるための口車に過ぎぬのだから」

   「漢賊曹操!呂布が幕下陳宮ここにあり!
    罵られ足りないなら、我が前に姿を見せよ!」
   「さもなくば、私はもうおいとまするがよろしいか!」
曹操「生死の瀬戸際では、己が利益を求めるもの」
   「いわゆる『忠臣は二君に仕えず』も、覇者が利を得るための方便」

   「そなたの論には道理があるが、そなた自身はそれに倣わぬ。
    呂布に義理立てしているつもりか?」
陳宮「私も年をとった。もう人を死に追いやることに飽いたのだ」
曹操「良心を抱いたからには、国について談ずるのはやめにして、家について談じようではないか」

   「そなたは老いたと言うが、家には年老いたご母堂も娘御も居るのだろう?
    そなたが死んだら二人はどうなる?」
   「己が国事から遠のいたことは承知しておるはず。
    それなのにどうして家族を顧みぬのだ?」
陳宮「母と娘が死のうが死ぬまいが、私には何の関係もない」
曹操「古今の書を精読しているそなたが、何故そのようなことを言えるのか」
   「この曹操、不才といえども、そのようなでたらめは口にできぬ」

陳宮「孝を以って天下を治むる者は人の親を絶やさず」
   「仁を以って四海に施す者は人の後嗣を絶やさず。私はそう聞いている」
   「あなたにはこれらの徳が備わっている。
    私の死後、家族の命運を左右するのはあなたであって」
   「私ではない!」

 二人の問答を離れて見守る賈詡と郭嘉。

郭嘉「まったく返す言葉が見つからない」
賈詡「ああ言ったからには、もう梃子でも動かんだろうな」
郭嘉「彼と道を共にできないとは…口惜しいな」
賈詡「ああ」
陳宮「『孝を以って天下を治むる者は、天下万民を親とする』
    曹大人はこう自認しているとか」

   「我が方の者たちを死なせたあなたに、どうして彼らを見捨て顧みぬ事などできよう」
   「自身の虚偽を天下に広めるわけにはいかぬでしょう?」

賈詡「主公は確実に引けなくなってきている」
郭嘉「あの凛然たる気迫、俺たちでは対峙するのは困難だ」
   「惜しい…本当に惜しいな……」

曹操「もうよい」
   「陳宮、わしにはもう返す言葉が無い。ただ尽力して事に当たるのみよ」
   「ただ、そなたは何故そうまで死に急ぐのか?
    その才幹を埋もれさせてしまうのか?」
陳宮「人は曹大人を治世の能臣、乱世の奸雄という」
   「今の世は乱世。私があなたに仕えたら、あなたは私のことをどう思うかね?」

曹操「紂の虐を為すを助けず…、これがそなたの忠義か?」
陳宮「家族を世話すること、これもまた私の孝義」

 柱を殴る郭嘉。

郭嘉「本当に、本当に彼を生かす術は無いのか!」

賈詡「出て行っても、自分が苦しむだけだぞ」
郭嘉「荀ケ!あんたは彼がこうすると分かっていたから、一人だけ戻ったのか!」
賈詡「陳宮はこの白門楼と同じ」
   「前王朝の遺物だ」

 断頭台に歩みを進める陳宮。

曹軍兵士「主公…」
夏侯惇「陳宮先生、ご再考くだされ!」
     「頼む!」
     「それ以上行かないでくれ!」

 投降した者たちを罵った将校の処刑が執行されている。
 これを無言で見つめる陳宮。


呂軍将校「母上……息子の不孝を……お許し……」
処刑人1「やれ」
処刑人2「はっ」

陳宮「天下におわす父母よ!この世に親不孝な子などいはしない!」
   「いるのは時代に翻弄され、みなしごとなった雛鳥のみ!
    天道はかくの如し、彼らを咎めてはならぬ!」
   「母上!私はもう行かねばなりませんが、どうか責めないで下さい!」
   「どうか私の事などお気遣いなきよう!」

 賈詡と郭嘉が陳宮の側に駆け寄る。

陳宮「天道はかくの如し」
   「もしかしたら、これからはお主らの時代なのかも知れんな」

 陳宮に拱手する二人。

陳宮「もしかしたら……お主らは呂布様とは違うのかも知れんな……」

 その場にいる者すべてが拱手した。

陳宮「違う」
   「違うのだ」

 拱手する曹操に振り向く陳宮。

陳宮「老子曰く…」

   「天道は親(しん)無し、常に善人に与(くみ)す」
   「呂布様は不忠にして不孝だった。故に天罰が下ったのだ!」

 涙を流す曹操。

曹操「聖人の金言、確かに胸に刻んだぞ!」
陳宮「これがこの陳宮最後の一歩……」
   「完成だ」

 その後、曹操は陳宮の母を死ぬまで世話し、彼の娘を嫁がせてやった。
 たまに陳宮のことを思い出すが、いまだ悲しみがやむことはない。

 曹操の台詞に出てくる「讒言」の意味は、日本語での意味と同じなのでしょうか?
第21巻の孫策と太史慈の問答でも同じ使われ方をしていますが、どちらも「中傷」と
同じ意味で使っているとは思えません。
考えても調べてもよくわからんので、それっぽく意訳しておきました。


[ 257 / 258 / 259 / 260 / 261 / 262 / 263 ]

第二百五十九回 戰將心扉
張遼、曹操、夏侯惇、夏侯淵、曹洪、曹純、郭嘉、賈詡
許褚、于禁、徐晃、韓浩、老葉、劉備、関羽、張飛
 人は云う、「忠臣は二君に仕えず」と。
 またこうも云う、「良禽は木を択んで棲む」と。
 あるときは人、またあるときは鳥。
 人は人の言葉を、鳥は鳥の言葉を話す。

 死体の山を積んだ馬車が何台も大通りを進んでいる。
 民衆にまぎれてこれを眺める劉備たち。


関羽「また一山増えたか。曹操という男はなんと果断なのだ」
   「『疑わしきは用いず』か。
    曹操に身を寄せはしたものの、先が思いやられますな」
張飛「二哥の言うとおりだぜ。
    陛下に近づくまでに、一体どれだけ障害があるやら知れねえ」
劉備「お前たちの心配はもっともだ。
    だけどな、陰でこそこそするのは俺の性に合わねえんだ」
   「陛下に近づく手段はちゃんとあるから心配するな」

   「もう行くぞ」
張飛「ちゃんとあるだぁ?ホラ吹いてんじゃねえだろうな」

 一人の将校が人で溢れかえる白門楼に到着した。

曹軍将校1「おい、今どうなってる?」
曹軍将校2「一足遅かったな。陳宮が逝ったところだ」
       「次は張遼の番だろうな」
曹軍将校1「ああ、どうりで人がどんどん増えてるわけだ」
       「張遼といえば当代屈指の武将だけど、お前の予想は?」
       「陳宮が降らなかったんだ。俺はあの張遼が降るはずがないと思うんだが」
曹軍将校2「まあ、主公が何を言っても時間の無駄だろうな」

 段上で男が叫んでいる。

老葉「さあ張った、張った!」

   「張遼が降る方が一対二十、降らない方は七対八だ!」
群衆1「老葉、降らない方の配当が少なすぎねえか?」
群衆2「そんな条件で誰が賭けるんだよ?」
老葉「不思議なこともあるもんでな、実を言うと張遼が降る方に大金を賭けた馬鹿がおる」
群衆3「ははは!お前に金をやったのはどこの馬鹿だよ?」
群衆4「徐州に来て一番得したのはあんただな!」
群衆5「老葉、てめーを破産させんと気がすまんわ。お前ら、降らん方に賭けるぞ!」
群衆6「おうよ!この賭けの結果は見えてるしな。俺も張遼が死ぬ方に賭ける!」

老葉「主公はもう裁決されたか?」
兵士「まだです」
老葉「早くしないと、主公のお心が決まっちまうぞ!さあ張った、張った!」
曹軍将校2「おい聞いたか?まだ張遼が降ると信じてる奴がいるみたいだぞ」
曹軍将校1「そう言うお前はどうなんだよ」
曹軍将校2「本音を言えば、張遼が自軍に居たらとは思う。武将なら誰もがそう思うだろ」
曹軍将校1「だよなあ。でも…太陽が西から昇りでもしない限りありえんな」

 兵に取り押さえられながらも、曹操を痛罵する張遼。
 その姿を曹操の配下たちが無言で見つめる。


張遼「曹操!この漢室に仇なす逆賊め!」
   「天子を弄ぶ逆賊め!忠臣を殺す狗賊め!」
   「宦官に育てられた走狗め!」

   「貴様は何故徐州の民を殺した!」
   「何故大漢の忠臣を殺した!」
   「どうした!俺の言うことが間違っているなら、俺の問いに答えてみせろ!」
   「出て来いよ!出てこないなら、まだまだ言わせてもらうぞ!」
   「おい曹操!聞こえてるんだろ!」

   「貴様には何の才能も無いが、嘘をつく事にかけては天下一だからな!」
   「俺は漢に忠誠を誓ったのだ!絶対に死んでも降らんぞ!」
   「曹操!貴様のような偽善者に俺が降ると思うなよ!」
   「誰が貴様の手先になどなるものか!」
   「俺はものを知らん人間だが、欲に目が眩んで義を忘れたりはしない!」

   「曹操!俺を殺すなら早く殺せ!これがこの張遼、最期の決断だ!」
夏侯惇「もう半日だぞ。あの野郎、疲れを知らんのか?」
     「阿瞞、張遼の決意は固いぞ。俺たちが一晩中説得しても無駄だったんだからな」
     「もう逝かせてやれ。手は尽くしたはずだ」
     「せっかく怪我が治り始めたのに、あまり気に病むと今度は頭痛が悪化するぞ」

 考え込む曹操。
 そこへ賈詡が現れる。


賈詡「夏侯大人は主公の胸中がお分かりでないようですね。
    あの男は呂布に従ったために道を誤った」
   「とはいえ百年に一人の奇才を捨てるのは惜しい」

   「できることなら、どんな手を使ってでも引き止めたいところです」
曹操「賈詡もそう思うか」
賈詡「尋常でない硬骨漢には、同じく尋常でない論客が当たらねばなりません。
    が、我が軍はそういった人材が不足しております」
曹操「そのとおりだ」
   「もし張遼を説得できる者がいるならば、わしはその者にとてつもなく大きな借りを作ることになるだろう」

 張遼の側に歩み寄る者が。

賈詡「おお」
張遼「漢賊曹操!」
郭嘉「おお」
張遼「貴様に言いたいことはまだ山ほどある!俺は…」

   「俺は…」
夏侯惇「劉備だと?」
張飛「大哥、な…何をするつもりだ?」

張遼「俺は…」
劉備「捕らわれて数日、もう答えは見つかったか?」
張遼「お前に俺の何が分かる!」
   「お前のような日和見野郎に!」
   「俺はお前とは違う!違…」

 劉備が手で張遼の口を塞いだ。

劉備「張遼よ、まだ自分を偽るか」
   「今一度問う」

   「心して答えよ」
   「お前の真意を!」

 俺はお前を騙したりはしない。
 だからお前も誤魔化しは無しだ。

「張遼降:一賠二十;張遼不降:七賠八」の簡潔で分かりやすい訳が思いつきませんでした。
 より詳しく訳すと、
「張遼が降れば、一につき二十支払い、張遼が降らなければ、七につき八支払う」
 となります。
 

[ 257 / 258 / 259 / 260 / 261 / 262 / 263 ]

第二百六十回 皇叔用心
張遼、曹操、夏侯惇、夏侯淵、曹洪、曹純、郭嘉、賈詡
許褚、于禁、徐晃、韓浩、劉備、関羽、張飛
 答えていれば、もしかしたら違う道を歩んでいたのかもしれない。
 もしかしたら、者はその道を知っているのかもしれない。
 もしかしたら、民心をつかむのかもしれない。
 もしかしたら、天下をつかむのかもしれない。

劉備「俺にはお前が必死にもがいているのが分かる」

   「表面と内面の狭間でな」
   「表向きのそれは、聖人が 厳しすぎる要求 強要」
   「ところが内心は 人間味人間性 心の底 未開化の最初の 気ままにふるまう」
   「」

   「聖言が真理なのか?己の心の内にあるものこそが真理じゃないのか?」
   「真理の定義とは何だ?価値観の違いとは何だ?」
   「口で答えることはない。心で答えろ」

 暴れようとする張遼を兵士たちが制止する。

兵士「押さえろ!」
劉備「もがけばもがくほど矛盾は大きくなっていく」
   「お前は己を縛る枷から解放されたくないのか?」

   「それとも己の心の弱さを認めたくないのか?」
   「実際にはお前は弱くなどない。むしろその逆だ」
   「この場に居るお前と同年代の奴らで、お前を越える者など一人もおらん」
   「このことはお前も承知しているはずだ」
   「俺には分かる」

   「なぜなら、俺は人を見誤ったことが一度も無いからな」
   「過ちは、間違った道を行く者がいること」
   「過ちは、先見の明なく、仕える主を間違った者がいること」
   「過ちは、義に殉ずることこそ正しいと思い込んでいる者がいること」
   「過ちは、面子のために自分を裏切り続ける者がいること」

   「張遼よ、呂布がどんな人間かは、お前の方がよく知っているはずだ」
   「ただ、知っているからどうだというんだ?お前自身はどうしたいんだ?」
   「忠義を言い訳に、まだ自分をごまかし続けるのか?」
   「これまで共に戦ってきた仲間たちが、お前のために横死してもごまかし続けるのか?」
   「否、もしそうなればお前が苦悩しないはずがない」

   「違うか?」
   「その証拠にお前はここに残り、最後まで仲間を見捨てなかった!」
   「お前は己の忠義を貫き、呂布と共に逃げずに、死を以って償うことを選んだ」
   「かけがえの無いもので己の無知を償うことを選んだのだ」

   「それはつまり、お前が無意識の内に生きる意味を問い始めたってことだ」
   「何が忠臣は二君に仕えずだ」
   「何が良禽は木を択んで棲むだ」

   「聖人とて人。主観的にもなる」
   「聖言なんてものは時代の産物に過ぎん」
   「いつの時代でも、時勢に応じて新たに生まれるもんなんだよ」
   「そして同様に淘汰もされる」
   「一体どれだけの聖人が、時代の奔流に消えたか分かるか?」
   「聖言は人の口から生まれ、歴史は人の手で作られたことが分かるか?」

   「すべてが元々は無であり、人によって為されたものだと分かるか?」
   「聖言が人から生まれるからこそ、人は聖人になれる」
   「同様に、天下は一人のものじゃない。英雄こそが時代を作るんだよ!」
   「聖人は誰もが行く道は歩まない。力ある者も自ら道を切り開く」

   「誰もが皆それぞれに道を持ち、そこをどう行くべきかは」


 すいません。
 この回は直訳することすら難しい文章だらけで、詳細な内容は訳者自身理解できていません。
 文章単体で見ても難しいのに、前後の繋がりまで考慮しだすともうワケワカラン。
 意訳どころか大幅に改変してある箇所も結構あります。
 というわけで、この回は流し読みしてください。


[ 257 / 258 / 259 / 260 / 261 / 262 / 263 ]



inserted by FC2 system