火鳳燎原』第三十五巻

 各話の副題
 主な登場人物

   ここには各話の全訳を載せます。
  可能な限り原文に忠実に訳しますが、直訳だと不自然な箇所やわかりづらい箇所、
  言い回しがくどい箇所は意訳します。
   人物間の呼称は、基本的に原文のものをそのまま用います。
  しかし同僚同士で呼び合う場合に"〜殿"、主に対して"〜様"など、翻訳者の裁量で手を加えます。

   翻訳の間違いに気づかれた方は是非ともご一報ください。

  ここには、補足的な解説や私見を載せます。

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第二百八十二回 浴血太平
孫策、太史慈、黄祖、黄忠、甘寧、彭遠
 孫策の侵攻に対抗すべく、劉表が送った援軍が続々と沙羨に到着し始めていた。

黄軍兵士「上陸用意!」
      「第五軍到着!」
      「指示通り、門前に集合せよ!」
      「急げ!」

黄軍物見「劉虎様率いる荊州第五軍が上陸!指示をお待ちです!」
      「韓晞様の第六軍が乗船準備を開始!」
黄祖「孫策の主力は動いたか!」
黄軍兵士「まだです!ですが副軍は城壁左角を執拗に攻め続けています!」
黄祖「一体何のまねだ?」

 建安四年(西暦199年)十二月、孫策率いる軍が沙羨を攻め、長江沿いにて
 劉表の大将・黄祖と開戦した。

黄祖「意味が分からんな……」
黄軍兵士「我が方を攻め落とせぬまま、敵の被害は増す一方です」
      「まったくおかしな話ですよ。
       このような状況では撤退するのが定石のはず……」
黄祖「うむ。あの兵たちの攻め方を見るに、まともな訓練も受けておらんようだ」

黄軍将校「孫策の用兵は凄まじいと聞きますが、あれを見る限り買いかぶりですな」
      「我らの拠点が奴に奪われるとは到底思えませぬ」
      「ご覧下され!またいたずらに犠牲を増やしておりますわ」
黄軍伝令「報告します!敵の間諜を一名捕縛!」
      「孫策の秘密指令を入手しました!」
黄祖「どれ、見てみるか」
   「奴が一体何を企んでいるか」

黄軍伝令「はっ!」

 伝令は指令書の中に隠していた短刀を抜くと、黄祖に向かって駆け出した。

黄祖「うおっ!?」
黄軍伝令「黄祖!」

黄軍兵士1「大人!危ない!」

 黄祖をかばい、伝令に刺される兵士。
 伝令の周りに兵が駆け集まる。


黄軍兵士2「こやつは刺客です!」

 集まった兵たちの槍で貫かれる刺客。

刺客「痛くない!」

   「まったく痛くないぞ!」
   「はははは!」
   「蒼天已に死す!」

 兵を跳ね除け、なおも黄祖を狙う刺客。

刺客「太平道に……」
   「敗北は無い!」

?「なるほど!」

 黄祖の傍らに現れた男が刺客を殴り飛ばした。

黄軍兵士「今だ!」

 兵たちが倒れた刺客を突き殺した。

黄祖「黄忠!」

黄忠「どうりでここ数日、城内におかしな動きがあったわけよ。
   恐らく随分前から一部の兵と共謀しておったに違いないわ」
   「大人、太平道の手の者が軍中に忍び込んでおる様子。
    早々に手を打たねば厄介なことになりますぞ」
黄祖「だが孫策はまだ姿も見せておらんぞ」
黄忠「その心配はご無用」
   「じきに現れましょうぞ」

 黄巾党の渠帥・彭遠らが城外で戦況を眺めている。

彭遠「黄祖はいまだ健在…」
   「老衛は討ち損じたか!」
黄巾副将「老彭、孫策の勝ち戦は幾度も目にしましたが」
      「此度の被害は尋常ではありませぬ」
      「現に我が第一軍はもう潰走寸前です」

彭遠「戦術に何か問題があるというのか?」
黄巾兵「渠帥!第二軍に動きが!」
彭遠「何!?」
   「第二軍が正面より進攻だと……」
   「あの軍は先鋒ではなかったはず!」
   「しかも孫策の主力は……」

   「動いておらぬ!」
   「お主の言うとおり、これは何かあるぞ!」

太史慈「伯符、潰走寸前まであっという間だったな」
孫策「これで半分成った」

   「左角を攻める第一軍はほぼ全滅」
   「第二軍は敵主力と当たり、敵は二千、太平道は五千を失った。わるくない」
   「前回は俺自ら兵を率い、わざわざ太平道の連中に旨い汁を吸わせてやったが」
   「今回連中は騙されているとも知らず、敵もろともくたばるってわけだ」
   「勢いを失った太平道など俺たちの敵じゃない」
太史慈「伯符、奴らが潰し合っている間に、我ら孫家軍も旨いところを頂くとしよう」

孫策「ああ。ようやく俺たちの出番だ」
太史慈「今こそ好機!進め!」
黄軍将校「そ…孫策の主力が動いた!」
      「第五軍は直ちに備えよ!」
甘寧「ようやく本物のお出ましか!」
   「前回既に一度殺したが」

   「今回も結果は同じよ」

 偉丈夫は大刀を手に、颯爽と入城した。
 一人の忠臣を胸に。

 太史慈の孫策に対する口調をどうするか迷いましたが、字で呼べる仲のようなのでタメ口にしました。
孫策は黄蓋たちともざっくばらんな関係のようですし、何より太史慈とは取っ組み合いをした仲ですから。
「昨日の敵は今日の友」を地で行く二人なら、友人のように振舞っても問題ありませんよね?


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第二百八十三回 猛將相遇
太史慈、黄祖、黄忠
黄軍将校「第四軍、前へ!」
孫軍将校「正面より迎撃する!」

 両軍が原野で激突した。

黄軍将校「第八軍、前へ!」
黄軍将校「第九軍、前へ!」
黄軍伝令「敵主力が城攻めの準備を開始!」
黄軍兵士「孫策軍に動きが!」
      「主力が来たぞ!」

 敵陣を駆ける太史慈。

黄軍騎兵「太史慈か!?」

太史慈「まさしく!」

 太史慈は敵騎兵に囲まれるが、それをものともしない。

太史慈「邪魔だ!」

黄軍兵士「太史慈が突破しました!」
黄祖「なんという奴!これが孫家の真の実力か!」
黄軍物見「左方!」
      「孫策が来ました!」

 孫策が城門を破った。

太史慈「先を越されたか!流石だな!」
     「太史軍も後に続け!」

黄軍兵士「太史慈が入城した!」
      「城下の部隊は奴に備えよ!」
黄祖「まずは奴からだ!」

 城門が柵で閉じられ、太史慈と彼の部下が分断されてしまう。

太史軍兵士「も……門に柵が!」

黄軍将校「第五軍、撃ち方用意!」
太史慈「おお!?」

 停泊している船には多数の弓兵が潜んでいた。

黄軍弓兵「目標!太史慈!」
太史軍兵士「老大、危ない!」

 矢の雨が降り注ぐが、太史慈はそれを全て払い除ける。

太史慈「面白い!」

黄軍兵士「ぜ……全部防いだだと!」
      「あいつ人間じゃねえぞ!」

 太史慈は矢を払いながら船へ飛び移った。

太史慈「いくぞ!」

 船上で大暴れする太史慈。

太史慈「左だ!」
     「はっ!」

 並列された船から船へと駆け抜ける太史慈。
 そこへ矢が飛来し、太史慈の馬を貫いた。


太史慈「後ろか!」

     「見つけた!」

 帆を張る縄を掴み、飛び移る太史慈。

黄忠「面白い!」
   「それでこそ楽しめるというものよ!」

 老人は武者震いした。
 不遇の日々を胸に。

「老人家手在擅抖」を直訳すると、「ご老人の手は勝手に震えている」になります。
まさかこの震えは老いから来るものではないですよね?


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第二八十四回 義無反顧
孫策、黄祖、甘寧、劉虎
 仁に当たりては、師にも譲らず。
 義に当たりては、天地を問わず。

孫軍兵士1「急げ!門を開けるんだ!」
孫軍兵士2「船上に伏兵が!」
       「主公が危ない!」

 孫策とその部下たちは太史慈と同じく、城内に閉じ込められていた。
 矢の雨が彼らに降り注ぐ。


黄軍兵士「虎が檻に入ったぞ!これで奴も終わりだな!」
      「孫策を生きて帰すな!」
孫策「包囲を突破する!俺に続け!」
黄軍騎兵「孫策が来たぞ!奴を止めろ!」

黄軍弓兵「もう届かん!あとは騎兵隊に任せよ!」
黄軍騎兵1「孫策!もう逃げ場は無いぞ!」
黄軍騎兵2「おとなしく死ねい!」

 孫策が振り返ると、後続の兵たちは伏兵の矢により全滅していた。

劉虎「かかれ!残るは孫策ただ一人よ!」
孫策「だからどうした?」

孫策「どけ!」

 敵騎兵を次々と屠る孫策。

黄祖「まるで無人の野を駆けるようではないか!あやつは…」
   (あやつは孫堅とは比べ物にならんではないか……)
   (必ずやここで仕留めねば!)

黄軍兵士「孫策が第一陣を突破しました!」
劉虎「この陣を敷いたのは誰だ!?奴に好き放題やらせる気か!」

 一人の男が劉虎の横を駆け抜けた。

?「俺は舞台を用意したまでよ」
孫策「それはありがたいな!」

 孫策の一撃を平然と受け止める部将。

孫策「!」
甘寧「準備は良いか?」

   「いくぞ!」

 孫策と部将が一騎打ちする中、黄祖軍の兵は彼らを遠巻きに包囲している。

黄軍将校「二部隊動け!奴を包囲から逃がすな!」

黄祖「す…数十合打ち合っても、まだ決着がつかぬとは……」
   「我が軍随一の猛将よ!お前の実力を見せてみよ!」

甘寧「いくぞ!」
孫策「来い!」

 両者が互いの得物を掴みとった。
 共に相手の得物を引き合い、力比べのような形に。


黄祖「な…なんと!」
孫策「お前、名は?」
甘寧「我が名は甘寧!」
   「本来なら厚遇されているはずの身よ!」
   「だが、あのとき」

   「討った男が」
   「孫策ではなかった!」

   「あの日は討ち損じたが」
   「今日は絶対に逃がさん!」

   「だが今日お前を殺すのは、地位のためでも」
   「主の勝利のためでもねえ!」
   「己の理想とする忠義のためだ!」

 甘寧が孫策を戟ごと馬上から持ち上げた。

甘寧「落ちろ!」

 地面に叩きつけられるも受身をとる孫策。

甘寧「凌操という儚き英雄を俺は忘れん」
   「あの男は俺の中で泰山よりも重きを為している」
   「此度の戦でお前のために無為に死んでいった者たちも忘れん!」
   「かの者たちは知る由も無いのだ!」
   「己が主が部下の命を踏みにじるような薄情者だと!」
   「父を越えるその力は何のためにある!」

甘寧「孫策!」
   「お前は孫堅の忠義に泥を塗ったのだ!」

 膝をつく孫策に甘寧が刀を振り下ろした。

孫策(忠義がなんだってんだ?)
   (俺には後悔も不安も無いはずだろ?)
   (浩然の気を養っている俺には!)

 若者は立ち上がり、剣を抜いた。
 想像を絶する決意を胸に。

 今回は意訳が大目になっています。
 ですが「我善養吾浩然之氣」は孟子の一節のようなので、下手に意訳すべきではないと思い
ほぼそのままにしておきました。
「浩然の気って何よ」と思った人は、"我善養吾浩然之気"でググるべし。

 最後の文章は一応、第286回の内容を理解した上で訳しています。
「驚天之志」の解釈が悩みどころで、「一石二鳥」と「凌操之路」のどちらを採るかで意味が変わってしまいます。
私は後者だと思うんですが、いかがなものか。


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