火鳳燎原』第三十六巻

 各話の副題
 主な登場人物

   ここには各話の全訳を載せます。
  可能な限り原文に忠実に訳しますが、直訳だと不自然な箇所やわかりづらい箇所、
  言い回しがくどい箇所は意訳します。
   人物間の呼称は、基本的に原文のものをそのまま用います。
  しかし同僚同士で呼び合う場合に"〜殿"、主に対して"〜様"など、翻訳者の裁量で手を加えます。

   翻訳の間違いに気づかれた方は是非ともご一報ください。

  ここには、補足的な解説や私見を載せます。

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第二百八十六回 狂妄霸王
孫策、周瑜、太史慈、周泰、黄祖、黄忠、甘寧、許貢、彭遠
 一人は父の仇を討つため、
 一人は袋の鼠を捕らえるため、
 一人は漁夫の利を得るため。
 三者三様の思惑が、沙羨の戦の趨勢を決する。

黄巾物見「あれは韓晞の旗印!」
      「船は六十以上、兵は少なくとも五千は下りません!」
黄巾伝令「報告します!劉表の第六軍がまもなく到着します!」

 伝令の報告を受ける彭遠と副将。

彭遠「では、孫策は城内にいるというのか」
黄巾副将「更に第六軍まで来るとあっては、我らに為す術はありませんな」
黄巾伝令「渠帥、我が軍の兵は残すところあとわずか。
       それでもまだ攻め続けるのですか?」
彭遠「孫策め、我らの兵を一度に消耗しおって……」

 彼らの前に許貢が現れた。

許貢「黄祖軍は精強にして、城内の孫策は死を待つばかり」
   「所詮は若造よ。奴は急ぎすぎたのだ」

   「我ら太平道は既に江東に足場を築いた」
   「孫策が死ねば民心はこちらになびく。我らは座してそれを享受するのみよ」
   「全軍に伝えよ。我々は撤退する。
    そして荊州に使者を遣わし、劉表に友好を示すのだ」
   「黄巾の粛清を目論んだ孫策が」

   「今まさに黄泉に落ちんとしている」

 その日の午後、太平道軍は撤退し、城内に潜伏していた部隊も忽然と姿を消した。

黄巾兵「退けー!」
黄軍兵士「孫策の副軍が退いたぞ!」
      「小覇王もこれで終わりだ!」
甘寧「これで終わりだ!」

 甘寧の一撃を辛うじて受け流す孫策。

黄祖「流石は甘寧!」
   「たとえ孫家の親子といえど、わしの手からは逃れられんわ!」

甘寧「それはなんのつもりだ?なぜ守りに徹する?」
孫策「機会を待ってんだよ」
   「一石二鳥の機会をな」

甘寧「まずは自分の心配をしたらどうだ!」
孫策「俺の命なんざ軽いもんさ!」

 駆け出す甘寧。
 すれ違いざま、孫策の剣が甘寧の乗馬を捉えた。


甘寧「噂通りだな。その武力、呂布にも引けをとらん」
孫策「呂布がどうしたって?」

   「奴はこんなに狂ってたのか?」

 後方の船上で轟音が響き、大勢の兵が吹き飛んだ。

孫策「これが孫家のやり方だ」

 孫策を包囲する兵たちを薙ぎ倒しながら、地上に降り立つ太史慈と黄忠。

太史慈「もう一度だ!」
黄忠「よかろう」

 両者の生み出す衝撃で、また兵たちが吹き飛ぶ。

甘寧(黄忠殿!)

黄忠「やるのう」

 太史慈の頭から血が伝う。

太史慈「ご老体も」
黄忠「お主は運が良いぞ。二十年前なら、お主は今頃ひき肉になっておったわ」

 孫策と太史慈といえど、この状況下では如何ともしがたい。

甘寧「孫策、太平道の援軍は我が身可愛さに、とうに撤退したぞ」
   「あとはお前が死ねば、江東の全ては我らのものとなり、孫家は何もかも失うというわけだ」
孫策「自立したその日から分かってんだよ」
   「大事を成すには犠牲を恐れちゃいけないってな」

   「これは凌操も通った道だ!」
太史慈「その通り!すべては少主のために!」
     「孫権殿は我ら以上に手ごわいぞ!」
甘寧(凌操の道だと?)

 韓晞の第六軍の船団が船場に迫る。

伝令兵「第六軍がすぐそこまで来ています!で…ですが……」
黄祖「韓晞!そなたには左の城を任せたはず!ここ主城ではないぞ!」

 なおも船が止まる気配は無い。

黄祖「ぬお!」
黄軍兵士「ぶつかる!」

 第六軍の船が停泊していた船に激突した。
 更に大小の船が続々と到着する。


黄軍兵士「第六軍が城内の船場に着岸しました!」
黄祖(か…韓晞の第六軍ではないだと!)
   (と…ということは)

 船首には周瑜の姿が。

周瑜「太平道は言行一致せず、信義に背いた。
    これにより江東の民の怒りを買うは必定。程普殿は討伐の口実を得た」
   「まず沙羨を攻め、更には黄巾をも取る。これぞ一石二鳥、か」

   「伯符、お前は本当に狂ってる」

 その日以来、周瑜は孫策のやり方に胸騒ぎを感じるようになった。

「孫策這小子一心想除黄巾、現在、還不是入黄泉了」

 この許貢の台詞の訳はちょっと自身がありません。
 具体的には"還不是"をどう訳せばいいか分かりません。
 "まだ(orやはり)〜でない"と訳すと、「まだ(orやはり)黄泉に落ちていない」になりますが、
 今や孫策の命は風前の灯で、許貢もそう思っているのにこんな台詞が出るとは思えません。

 そこでググってみたら、"還不是"には「結局」「どうせ」という意味や「後に続く部分を強調する」
 役目があるとか。
 状況的にはこちらの方がしっくりくるので、これを踏まえて訳しました。


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第二八十八回 勇往直前
孫策、周瑜、黄蓋、韓当、朱治、太史慈、周泰、黄祖、黄忠、甘寧、劉虎
 周瑜の増援軍の登場により攻守が逆転。
 逃げ惑う黄祖軍の兵たち。


黄軍物見「第五軍が包囲されました!」
      「周瑜軍が上陸!」

      「前門が孫策軍に破られました!」

 船上から城内を眺める黄祖。

黄祖「もはやこれまでか!」
黄軍将校1「大人、周瑜の船隊はここを封鎖する気です!」
       「今すぐ出航せねば撤退できなくなりますぞ!」
黄軍将校2「大人!城外の部隊が潰走しました!」

黄軍将校3「黄大人、ここが落ちるのも時間の問題、放棄すべきかと!」
黄祖「なんとも見事な有り様ではないか……」
   「天よ!何ぞ我を見捨てたもうや!」

 黄祖軍の船隊が撤退していく。

孫軍伝令「報告します!沙羨の船隊が撤退しました!」

孫軍将校「軍師殿、船隊の準備は整っております。ご指示を!」
周瑜「よし、黄祖に我らが全軍で沙羨を攻めていると思い込ませる!
   路を開き奴を逃がすのだ!」

 逃げ遅れた黄祖軍の兵たちが孫策軍に掃討されている。

黄忠「甘寧」

   「お主の敵はちと多すぎやせんか?」

 孫策軍の将兵に包囲され、背を預け合う黄忠と甘寧。

黄忠「黄祖の奴め、まさかわしらを見捨てるとは……」

甘寧「黄の旦那よお、人生ってのは所詮こんなもんよ」
   「こんないかれた時代じゃ、名君に出会うのも、忠義を貫くのも楽じゃねえなあ!」
   「孫家の狗ども!俺の名を忘れるなよ!」
黄蓋「甘寧!今日が貴様の命日よ!」
韓当「我らが忘れるわけがなかろう!」

 孫家の四将(黄蓋・韓当・朱治・周泰)と闘う黄忠と甘寧。

甘寧「どうだ、いけるか?」

 黄忠が自身と同じ老将である黄蓋に問う。

黄忠「もう若くもなかろうに、まだ隠居せんのか?」
黄蓋「孫策様の下でなら、百歳になっても現役よ!」

黄忠(わしもかくありたいものよ!)

 甘寧らの下に一艘の船が近づく。

黄軍兵士「虎爺、あそこです!」
劉虎「甘寧、黄忠、こっちだ!」
甘寧「劉虎!」
黄忠「甘寧、岸に向かうぞ!」

黄軍兵士?「もっとだ!もっと寄せろ!」
甘寧「旦那が先に行け!」
黄忠「すまん!」

 船に飛び移る黄忠。

黄蓋&周泰「貴様だけは逃がさん!」

甘寧「貴様らごときにやらせん!」
黄忠「劉虎、弓は有るか!」
劉虎「ここに有るぞ!」

 弓を取る黄忠。

黄忠「喰らえ!」

 黄忠の矢が肩に当たり、桟橋から落ちる韓当。

黄蓋「韓当!」
   (は…速い!)
黄忠「甘寧!援護する!」
   「早く船に乗れ!」

   「喰らえ!」

 黄忠の矢が朱治の腕に突き立つ。
 その隙に甘寧が船に飛び移った。


黄蓋「あの老いぼれに気をつけろ!」
黄忠「喰らえ!」

 黄忠の矢を腿に受け、倒れこむ周泰。

黄蓋「追えーっ!奴らを逃がしてはならんぞ!」
劉虎「老いぼれが!」
黄蓋「そちらの爺こそ老いぼれよ!」

 船から身を乗り出した劉虎を突き殺す黄蓋。
 しかし目の前には弓を構えた黄忠が。


黄忠「お主の言うとおりだが」
   「やはり我ら年寄りこそが戦功一番よのう」

 黄忠が矢を放とうとしたその瞬間、何処からか戟が飛来した。

甘寧「旦那、危ねえ!」

 黄忠を突き飛ばす甘寧。

 突然の出来事にあっけに取られる将兵たち。

黄蓋「み…見たか?」
周泰「あれは……」

 黄蓋は危機を脱し、黄忠らを乗せた船は岸を離れた。

黄忠「あそこか!」

   「甘寧!お主……」

 甘寧は黄忠をかばって脇腹に傷を負っていた。

甘寧「見たか?あの船を……」
黄忠「あれは我が方の船ではないか」
甘寧「それだけじゃねえ。あの船隊、二十艘以上ある」

黄忠「ということは……」
甘寧「孫策軍が紛れ込んでるってことだ!」
   「あの乱れようだ。まだ誰も気付いてないだろう」
黄忠「も……もう追いつけはせんぞ!」
甘寧「もし黄祖が路を開けて、孫策が渡り切っちまったら…」

   「江夏は奴の手に落ちる!」

 原文では甘寧は黄忠を"黄老"と呼んでいます。
 "老+姓"の呼称と紛らわしいので、"姓+老"は敢えて訳してみました。

 ちなみに、"老+姓"は
「一般的に年長者の姓に冠して親近の意を表す」。
 対して"姓+老"は
老人に対する敬意と親しみとを表すため姓の下につける」
 と辞書にあります。


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